人は生前に築きあげてきた財産を、自分の死後にどうなるのか関心があるのが普通で、特にかわいい子どもや、生前にお世話になった人に残したいと考えるのは普通のことです。
この普通の気持ちを尊重するための制度が遺言です。遺言をすることによって遺言者[いごんしゃ=遺言をした人]が生前に自由に財産の処分方法を定めることができます。
1.遺言の形式
「死人に口なし」というように、死んだ後に口出すことはできません。遺言は自由にやったら良いというわけではなく、無用な争いが生じることを防ぐためにからなず法律で定められた方式によらなければならないことになっています。
その中でもよくつかわれる遺言の形式は、「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つです。
1-1 自筆証書遺言
自筆証書遺言とは、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自分で書き、これに印を押せばよいとされており、遺言のなかでいちばん簡単なものです。したがって、遺言をしたいと思ったときは、紙にその内容や、日付・氏名を記載し、印を押しさえすれば、いつでも自分の思った通りの遺言を作成することができます。自筆証書遺言をするメリットは、遺言をした事自体を秘密にできることや、その内容についても秘密にすることができます。また、遺言書作成に要する費用が安く済ませることができます。その半面、死後に遺言書そのものが発見されなかったり、第三者によって都合の悪いものだけ隠されたり、偽造などされる恐れがありますので注意が必要です。
1-2 公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者が,公証人に遺言の内容を伝えて,公証人が,それに基づいて遺言者の真意を正確に文章にまとめ,作成した遺言です。
自筆証書遺言は,全文自分で自書しなければなりませんので,体力が弱ってきたり,病気等のため自書が困難となった場合には,自筆証書遺言をすることが難しくなりますが,公正証書遺言を利用すれば遺言をすることが可能です。
公正証書遺言は自筆証書遺言と遺言としての効力は同じですが、公証人の関与を得ることによって、偽造の心配がなくなるなど安全・確実性が増します。また、公証人が遺言の原本を保管しますので、遺言書を紛失したとしてもあわてることはありません。
公正証書遺言をするためには,遺言者の真意を確保するため,証人2人の立会いが義務づけられていたり、公証人の手数料といった費用がかかることが難点と言えます。
2.だれでも遺言ができるのか
遺言は契約などと同じ法律行為ですので、その行為をするために必要な能力を備えている必要があります。しかし、他の契約行為と全く同様の能力が必要であるとは考えられていません。たとえば20歳未満の未成年者は、単独では契約行為を行うことができず、父母の同意を得たり、法定代理人である父母が未成年者に代わって法律行為を行いますが、法律では遺言できる年齢を満15歳以上と定めました。
また、成年被後見人[せいねんひこうけんにん=後見開始の審判を受け成年後見人がついた方]でも、判断能力を一時回復した時、医師二人以上の立会いの下で作成するなどの一定要件を備えた場合は遺言することができるとされています。
このように、遺言をするときには行為能力は必要なく、判断能力=意思能力があればよいとされています。
そして、このような能力を遺言能力と言っています。
3.遺言でできること
遺言でできる行為は法律で限られており、次の事項が挙げられます。
① 推定相続人の廃除とその取消し(民法893条、894条2項)
② 祭祀主宰者の指定(民法897条1項参照)
③ ○相続分の指定、指定の委託(民法902条1項)
④ 特別受益(遺贈・生前贈与)の持戻しの免除(民法903条3項)
⑤ ○遺産分割方法の指定、指定の委託、遺産分割の禁止(民法908条)
⑥ ○共同相続人間の担保責任に関する別段の意思表示(民法914条)
⑦ ○遺贈の減殺方法の指定(民法1034条ただし書)
⑧ 財産処分(遺贈(民法964条)、寄附行為(一般社団・財団法人法152条2項)、信託の設定、受益者指定権等の行使(信託法2条2項2号、3条2号、89条2項)、生命保険金の受取人の変更(保険法44条))
⑨ 認知(民法781条2項)
⑩ ○未成年後見人の指定、未成年後見監督人の指定(民法839条、848条)
⑪ ○遺言執行者の指定、指定の委託(民法1006条1項)
このうち太字で文頭に○印をつけたものは遺言でしかできません。この簡単な内容は次のとおりです。
○相続分の指定、指定の委託
相続人ごとの相続分は法律で定められておりますが、この割合を変更することができます。極端に言うと子供二人が相続人となる場合に、1人にだけ全部の遺産を相続させるというような取り決めをすることができます。
しかし、内容は遺留分の規定に反することができないとされているので注意が必要です。遺留分については後ほど触れたいと思います。
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○遺産分割方法の指定、指定の委託、遺産分割の禁止
相続分の指定とは、たとえば「妻と長男と次男に各3分の1づつ相続させる」というように、あくまでも相続する割合を指定するものですが、「遺産分割方法の指定」とは、特定の財産を特定の相続人に直接帰属させるためのものです。たとえば「長男には不動産の全部を、次男には預貯金全部を相続させる」というような内容です。
○共同相続人間の担保責任に関する別段の意思表示
遺産分割によって取得した遺産が、使い物にならなかった場合はどうされるでしょう。たとえば、相続した不動産は欠陥により使い物にならなかったり、相続した貸付債権の債務者(お金を貸した相手)がまったく返済能力がなく、債権の充足を得られないような場合、困ってしまうと思います。
そんなことにならないよう、法律は、共同相続人は、他の共同相続人に対して、売主と同じ担保責任を負わせました。これにより、相続したものそのものに問題があった場合は、他の相続人に責任を負わせることができるとされています。しかし、遺言をすることにより、この法律で決められた担保責任を変更できることになっています。
○遺贈の減殺方法の指定
遺留分については後で取り上げますが、遺留分を侵害するような贈与や遺贈があると、遺留分権利者がこれを減殺することがあります。そして、減殺の順番や減殺をする割合が法律で定めらいますが、この方法を遺言で変更することができるとされています。
○未成年後見人の指定、未成年後見監督人の指定
残された子が未成年であるときには、自分の信頼できるものを未成年後見人に指定しておけば安心です。また、未成年後見人だけでは
なく、監督人も指定することができます。
ただし、この指定ができる者は、最後に親権を行うもので、かつ権利件を有するものに限られます。したがって、先に夫または妻が亡
くなっている場合や、離婚によって、親権者となっている者などができることになります。
○遺言執行者の指定、指定の委託
土地や建物を相続したり、預貯金を相続したりしたときは、もろもろの事務手続きが必要となります。そこで、遺言の内容を実現させるために、あらかじめ遺言で遺言施行者を指定し、事務手続きを行わせることができます。
この遺言執行者は、利害関係人が家庭裁判所に申し立てることによって付けることもできますが、どうせ付けるのであれば、信頼できる人をあらかじめ指定しておけば安心でしょう。
4.遺留分と遺言
4-1 遺留分とは
自分がこれまで築きあげてきた財産は最後まで自由にしたいとお思いかもしれません。しかし、ここで法律の壁があります。それが「
遺留分」という壁です。
遺留分とは、一定の相続人には法律で定められた一定の相続財産を留保しておかなければならないという制度です。そして、そのその
一定割合である遺留分が侵害されたときは、この侵害された部分について遺贈や贈与を減殺(げんさい)して、財産額の回復を求める
ことができるとされています。
被相続人の財産を頼りに生計を立てていた家族が一円も相続できないなんてことになったら、その家族は困ってしまうと思います。
そうしたことから、相続財産の一定割合について、一定の相続人に確保するために設けられたの制度です。
4-2 遺留分権者の資格・範囲
遺留分権者としての資格があるのは兄弟姉妹を除く相続人です。そして遺留分として次の割合の額を受けることができるとされています。
①直系尊属(父母や祖父母など)のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
②①以外の場合 被相続人の財産の二分の一
兄弟姉妹は除かれているので、兄弟姉妹が法定相続人になる場合でも、兄弟姉妹に1円も当たらないような遺言をしたとしても、減殺請求を受けることはありません。
4-3 遺留分を侵害する遺言がなされていたとき
たとえば、相続人が兄弟A,Bの2人で、遺産が預貯金2000万、不動産8000万円の総額1億円であるときに、遺言でAが不動産の全部を、Bが預貯金の全部を相続 する旨の遺言がなされていたときは、Bの遺留分は2500万円(1億×1/2(遺留分割合)×1/2(法定相続分))となります。よって、この遺言はBの遺留分を侵害していることになります。しかし、遺留分を侵害していたとしても、それにより遺言自体が無効になるわけではありません。このような場合でも遺言自体は有効で、Bが我慢すれば特に問題が起きません。
ところが、Bが遺留分を回復したいと考えた場合は、BはAに対してもらいすぎている部分を返してほしいと請求することができます。これを「遺留分減殺(いりゅうぶんげんさい)」といいます。
無用なトラブルを避けるためにも、遺言をするときは、遺留分に十分配慮した遺言内容にするべきでしょう。
5.遺言の撤回・やりなおし
遺言はいつでも遺言の方式に従って、遺言の全部または一部を撤回することができるとされています(民法1022条)。
撤回する方法として、次のような方法があげられます。
①遺言で前の遺言を撤回する。
②遺言で前の遺言と抵触する遺言をする(抵触する部分は前の遺言が撤回されたことになります)。
③遺言した後に、遺言内容と抵触する生前行為をする(抵触する部分は遺言が撤回されたことになります)。
④遺言者が遺言書を故意に破棄する(破棄された部分の遺言は撤回されたことになります)。
⑤遺言者が遺贈の目的物を故意に破棄する(その目的物に関する限り、遺言は撤回されたことになります)。
遺言の撤回はいつでもできますので、遺言のやり直しについてもいつでもすることができます。
そして、遺言をやり直したときに、前の遺言と抵触する部分は前の遺言が撤回されたことになります。